ピアノを習い始めた方がバイエルなどの基礎教本を終えた頃に出会う、珠玉の練習曲集「ブルグミュラー25の練習曲」。作曲家ヨハン・ブルグミュラーが、子どもたちが音楽的な表現力を楽しく身につけられるようにと願いを込めて作りました。
一曲一曲に付けられた美しいタイトルは、まるで物語のページのよう。情景を思い浮かべながら練習することで、ピアノを「弾く」技術だけでなく、心を込めて「演奏する」楽しさを教えてくれます。
ブルグミュラー25の練習曲をこれから始める方、練習中の方、そして最後に将来保育士を目指す方のために、練習の順番や各曲のポイント、有名な曲の紹介、保育現場での活用法を私なりに考えてみました。
ブルグミュラーを弾く順番は?
基本的には、楽譜に掲載されている1番から25番の順番通りに進めるのが最も一般的です。
作曲者ブルグミュラー自身が、段階的に技術的な課題(レガート、スタッカート、和音、表現力など)をクリアできるよう、綿密に計算して配列しているためです。まずは番号順に進めることで、無理なく着実にステップアップできます。
ただし、指導する先生の方針や、生徒さん一人ひとりの得意・不得意に合わせて、順番を入れ替えて練習することもあります。
【全曲解説】ブルグミュラー25の練習曲 ポイントと有名曲紹介
それでは、1番から25番までの全曲について、演奏のポイントを見ていきましょう。特に人気の高い有名な曲には、短い紹介文も添えました。
1. すなおな心 (La candeur)
右手のなめらかなレガート奏法がテーマ。指から指へ、音が途切れないように重さを移動させる感覚を掴みましょう。左手の伴奏は優しく支えるように。
【有名曲紹介】
ブルグミュラーの入り口となる、優しく美しい曲。素直で清らかな心を表現するように、なめらかなメロディーを歌わせましょう。
2. アラベスク (L’arabesque)
軽やかなスタッカートがポイント。手首の力を抜き、指先で鍵盤を軽く弾くイメージです。4つの16分音符を一つのまとまりとして捉え、リズミカルに演奏しましょう。
【有名曲紹介】
全25曲の中でも特に人気の高い一曲。「アラベスク」とは唐草模様を意味し、イスラム寺院の壁画のように、音が軽やかに転がっていく様子を表現しています。
3. 牧歌 (La pastorale)
穏やかで平和な牧場の風景を思い浮かべて。左手の和音がにごらないよう、音のバランスに気をつけましょう。右手のメロディーはゆったりと歌うように。
4. 小さなつどい (La petite réunion)
子どもたちが楽しく集まっている様子を表現します。スタッカートとレガートの弾き分けを明確にすることが大切です。
5. 無邪気 (Innocence)
タイトル通り、無邪気で元気な様子をスタッカートで表現します。はずむようなリズム感を大切に、明るく演奏しましょう。
6. 進歩 (Progrès)
音階(スケール)の練習です。指番号を正確に守り、一音一音の粒をそろえて滑らかに弾けるように練習しましょう。
7. きれいな流れ (Le courant limpide)
川のせせらぎのような、右手の流れるようなアルペジオ(分散和音)が美しい曲。手首を柔らかく使い、音が淀まないように注意します。
8. 優美 (La gracieuse)
装飾音符(前打音)の練習です。飾りである音符を、メインの音の直前に素早く、かつ軽やかに入れるタイミングを掴みましょう。
9. 狩り (La chasse)
狩りの始まりを告げるホルンのような、元気で力強い和音が特徴。スタッカートで歯切れよく、勇ましい情景を表現します。
10. やさしい花 (Tendre fleur)
可憐な花を表現するように、優しく繊細なタッチが求められます。特に弱い音(ピアノ)を美しく響かせる練習になります。
11. せきれい (La bergeronnette)
ちょこちょこと歩き回る小鳥「せきれい」の可愛らしい様子を描いた曲。左右の手の軽やかな受け渡しがポイントです。
12. さようなら (L’adieu)
少し寂しげな曲調で、表現力が問われます。メロディーの歌い方や、クレッシェンド(だんだん強く)、デクレッシェンド(だんだん弱く)を意識しましょう。
13. なぐさめ (Consolation)
左手のアルペジオに乗せて、右手が慰めるように優しくメロディーを歌います。ペダルを効果的に使うことで、より豊かな響きが生まれます。
14. スティリエンヌ (La styrienne)
オーストリアのシュタイアーマルク(スティリア)地方の舞曲。少し気品のあるワルツのリズムが特徴的です。付点音符のリズムを正確に。
【有名曲紹介】
優雅で少し大人びた雰囲気を持つ人気の曲。発表会などでもよく演奏されます。踊りのステップをイメージしながら弾くと、より表現が豊かになります。
15. バラード (Ballade)
物語を語るような、劇的な雰囲気を持つ曲。場面の移り変わりを、強弱やテンポの変化で表現する力が求められます。
【有名曲紹介】
中世の騎士の物語を思わせるような、ドラマティックな一曲。曲の中に様々な情景が盛り込まれており、表現力を養うのに最適です。
16. あまい嘆き (Douce plainte)
メランコリックなメロディーが心に残る曲。左手の和音の響きをよく聴きながら、右手のメロディーを悲しげに、しかし美しく歌いましょう。
17. おしゃべり (La babillarde)
指がよく動くようになってきた方向けの練習曲。絶え間なく続く16分音符を、粒をそろえて軽やかに弾く練習です。指の独立性を高めます。
18. 気がかり (Inquiétude)
不安や心配な気持ちを、揺れ動くような曲調で表現します。同じメロディーの繰り返しの中で、少しずつ感情を高めていく表現力がポイントです。
19. アヴェ・マリア (Ave Maria)
敬虔な祈りを捧げるような、荘厳で美しい曲。深い響きを出すためのタッチや、ペダリングが重要になります。
20. タランテラ (Tarentelle)
イタリアの情熱的な舞曲。毒グモに刺された人が、毒を抜くために踊り続けたという伝説が由来です。だんだん速くなるテンポについていけるよう、指をしっかり動かす練習です。
21. 天使のハーモニー (L’harmonie des anges)
天から降り注ぐような、美しい和音の響きを表現します。和音のバランスをとり、一つ一つの音をにごらせずに澄んだ音色で弾くことが大切です。
22. 舟歌 (Barcarolle)
ヴェネツィアのゴンドラが水面をゆったりと進む様子を描いた曲。左手の伴奏が、舟を漕ぐリズムを表しています。優雅な気分で演奏しましょう。
23. 帰途 (Le retour)
家路につくわくわくした気持ちを表す、明るく希望に満ちた曲。軽快なリズムに乗って、楽しくフィナーレに向かっていきます。
24. つばめ (L’hirondelle)
空を自由に飛び回るつばめのように、右手と左手が素早く交叉します。ダイナミックな動きですが、力まずに滑らかに弾くのがポイントです。
25. 貴婦人の乗馬 (La chevaleresque)
馬に乗った貴婦人が、颯爽と駆け抜けていく華やかな情景を描いています。付点音符のリズムとスタッカートを正確に、そして堂々と演奏しましょう。
【有名曲紹介】
ブルグミュラー25の練習曲の最後を飾るにふさわしい、華やかで技巧的な名曲。発表会での演奏曲としても絶大な人気を誇ります。この曲を弾きこなせれば、大きな達成感が得られるでしょう。
◆ 初級者が最初に取り組みやすい曲(弾き始めの5曲)
曲番号 | タイトル | ポイント |
---|---|---|
2番 | アラベスク | 指の独立、軽快なリズム練習に◎ |
4番 | 小さなつどい | 両手のバランスを整える導入に最適 |
1番 | 素直な心 | 音のつながりとフレーズ感の習得に |
5番 | 無邪気 | 両手交互とスタッカートの練習 |
10番 | やさしい花 | レガート奏法・表現力の導入に◎ |
◆ 中盤で取り組むべき曲(徐々に表現力とテクニックを伸ばす)
曲番号 | タイトル | ポイント |
---|---|---|
6番 | 進歩 | 左手の音階や強弱記号に注意する練習に◎ |
7番 | 清らかな小川 | 右手の流れるようなフレーズ作りに |
9番 | 狩り | スタッカートとスフォルツァンドの表現練習 |
14番 | シュタイヤー舞曲 | 躍動感と拍子感を学ぶためにおすすめ |
17番 | おしゃべり | 両手の掛け合い、音のキャラクター付け練習に |
◆ 最後にチャレンジしたい上級寄りの曲
曲番号 | タイトル | ポイント |
---|---|---|
18番 | 乗馬 | 高速のリズムと指の運び、タッチに注意 |
21番 | 天使の声 | 音の繊細さとペダリングの導入に◎ |
22番 | バルカローレ | 複雑なリズムと拍子の取り方を学べる |
24番 | つばめ | 滑らかなパッセージと軽やかさの表現 |
25番 | 貴婦人の乗馬 | 締めくくりにふさわしい構成と技術を総まとめ |
【保育士を目指す方へ】ブルグミュラーからの抜粋と練習の準備
保育士にとってピアノは、子どもたちの感性を育むための大切なツールです。ブルグミュラーの曲は、子どもたちにも親しみやすいものが多く、保育現場で大活躍します。
保育現場で使えるおすすめ曲
まずは全ての曲を完璧に弾ける必要はありません。子どもたちが喜びそうな、情景の浮かぶ曲から練習してみましょう。
- 活動のBGMに:
- 元気な活動・リトミックに: 「アラベスク」「無邪気」「貴婦人の乗馬」
- 静かな活動・お絵かきなどに: 「すなおな心」「きれいな流れ」
- お昼寝の時間に: 「牧歌」「あまい嘆き」「アヴェ・マリア」
- 季節や行事に:
- 春: 「やさしい花」「せきれい」
- 秋: 「狩り」
- 物語の導入に:
- 「バラード」や「スティリエンヌ」をBGMに、お話の世界へ子どもたちをいざなう。
練習の準備と心構え
- 完璧よりも「楽しく」を目標に: 保育現場で求められるのは、コンサートピアニストのような完璧な演奏ではありません。まずは先生自身が楽しんで弾き、その楽しい気持ちが子どもたちに伝わることが一番大切です。多少の間違いは気にせず、まずは1曲通して弾けることを目指しましょう。
- 物語を語るように弾く: 曲のタイトルから自由に物語を想像してみましょう。「『すなおな心』は、お友達に『ありがとう』って言っている優しい気持ちかな?」「『アラベスク』は、ちょうちょがひらひら飛んでいるみたいだね」など、子どもたちに語りかけるように、情景を思い浮かべながら弾くと、表現がぐっと豊かになります。
- 強弱や速さを工夫する: 同じ曲でも、少し速く弾けば元気な雰囲気に、ゆっくり弾けば優しい雰囲気になります。強弱(フォルテやピアノ)を少し大げさなくらいにつけて弾くと、子どもたちにも伝わりやすくなります。
ブルグミュラー25の練習曲は、ピアノの技術を向上させるだけでなく、音楽で「表現する喜び」を教えてくれる素晴らしい教材です。一曲一曲に込められた物語を感じながら、ぜひ楽しみながら練習を進めてください。その経験は、きっとあなたのピアノ演奏を、そして保育の現場を、より豊かなものにしてくれるはずです。